体積は変えられない——レーダー曖昧度関数と Woodward の定理

マッチトフィルタを「距離と速度の全平面」に拡張したのが曖昧度関数だ。Woodward の定理が示す「体積保存」は、どんな波形を使っても距離と速度を同時に完璧に測れない理由を数学的に封じる。


距離は測れる。速度も測れる。では両方を同時に、任意の精度で測ることはできるか——レーダー波形設計の核心はここにある。

マッチトフィルタで「SNR を最大化する受信機」は作れる。しかし SNR の最大化は、あくまで「正しい遅延・正しいドップラーシフトを仮定したとき」の話だ。ターゲットの位置も速度も事前にわかっていたら、そもそも測定は要らない。実際は「距離も速度もわからない」ところから始まる。

曖昧度関数の定義

送信波形の複素包絡線を u(t)u(t)(エネルギー E=u2dtE = \int |u|^2 \, dt)とする。反射波が遅延 τ\tau、ドップラーシフト ν\nu でずれているとき、マッチトフィルタで受けた出力は

χ(τ,ν)=u(t)u(tτ)ej2πνtdt\chi(\tau, \nu) = \int_{-\infty}^{\infty} u(t)\, u^*(t - \tau)\, e^{j2\pi\nu t}\, dt

これが曖昧度関数(Ambiguity Function)だ。τ=0, ν=0\tau = 0,\ \nu = 0 のとき χ(0,0)=E|\chi(0,0)| = E で最大になる。τ\tauν\nu がズレると値が落ちる——「曖昧さのない」ターゲットは原点に明確なピークを持つはずだ。

体積保存定理(Woodward, 1953)

ところが Woodward が示したのは、こういう等式だ。

χ(τ,ν)2dτdν=E2\iint_{-\infty}^{\infty} |\chi(\tau, \nu)|^2 \, d\tau \, d\nu = E^2

χ2|\chi|^2 の全平面積分は、波形によらず常に E2E^2 に等しい。

地形図で考えると直感が掴みやすい。χ(τ,ν)2|\chi(\tau, \nu)|^2τ\tau-ν\nu 平面上の「丘」とすると、その丘の総体積は固定されている。丘を高く鋭くしたければ裾野を狭めるしかないが、体積が同じである以上、別の場所にサイドローブが生まれる。水を押しのけるように、体積はどこかに残る。

波形によって形は変わる

三つの典型例を並べる。

矩形 CW パルス(短い単一トーン)τ\tau 方向には幅 TT の sinc 形、ν\nu 方向には帯域幅 1/T1/T の sinc 形。距離精度は高いが速度のあいまい性は広い。

線形 FM チャープ(LFM):主ローブが τ\tau-ν\nu 平面上で斜めに傾いた「尾根」になる。長い時間バンドウィズ積(TBP=BTTBP = BT)を使えるのでパルス圧縮が効く——ただし体積は変わらず、尾根の長さが代わりに伸びる。この傾きが「距離-速度カップリング」の正体だ。

理想的な thumbtack functionτ=ν=0\tau = \nu = 0 にだけ鋭いデルタ状の突起があり、他はゼロ。これが実現できれば距離も速度も完璧に分解できる。しかし体積保存定理はその存在を禁じる——完璧な thumbtack は作れない。

パルス圧縮と解像度

実用的に言えば、距離分解能は ΔRc/(2B)\Delta R \approx c / (2B)BB: 帯域幅)、速度分解能は Δvλ/(2T)\Delta v \approx \lambda / (2T)TT: 観測時間)でそれぞれ決まる。チャープが有利なのは TBP=BTTBP = BT を大きく取れるからで、距離と速度の積

ΔRΔvcλ4TBP\Delta R \cdot \Delta v \approx \frac{c\lambda}{4 \cdot TBP}

TBPTBP を上げることで小さくできる——でも体積そのものはゼロにはならない。

設計者が決めること

Woodward の定理は「何ができないか」を示す。波形を選ぶことは、「どこに曖昧さを置くか」を選ぶことだ。ターゲットが低速なら ν\nu 方向のサイドローブは無害だから τ\tau 方向を鋭くする。クラッタが問題なら速度分解が重要になる。どちらも同時に潰そうとすると、体積は別の場所に現れる。

消せない体積の中で、何を優先するか。それが波形設計の仕事だと思う。

— ランキン

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