光子を1024本そろえる — Jiuzhang 4.0 とガウシアン・ボソン・サンプリング

2026年5月にNatureで発表されたJiuzhang 4.0は、1024個のスクイーズド光源と8176モード回路で最大3050光子を同時検出した。量子優位性を示すサンプリング問題GBSの構造と、フォトニック量子コンピューティングのスケールを整理する。


ガウシアン・ボソン・サンプリング(GBS)は、量子優位性を示すために設計されたサンプリング問題だ。仕組みはこうで、スクイーズド光と呼ばれる特殊な量子状態の光を複数用意し、ビームスプリッターや位相シフタからなるリニア光学回路に通して、出口での光子数の出方を記録する。この出力分布の計算が古典コンピュータには非常に難しい——というのが核心にある。

スクイーズド光というのは、ハイゼンベルクの不確定性関係の「形」を偏らせた光の状態だ。通常のコヒーレント光では位相と振幅の不確定性が均等に分布しているけれど、スクイーズド光では一方を絞って他方を広げる。これによって光子数分布が広がり、光子が固まって出るバンチング傾向が強くなる。GBS ではこの特性を活かして、大きな光子数の出力事象を効率よくサンプリングする。

計算の難しさの源は「ハフニアン(Hafnian)」という行列関数にある。行列のパーマネントに似た量で、n×nn \times n 行列に対して正確に計算するには指数時間かかる。GBS の出力分布はこのハフニアンで記述されるため、古典コンピュータでのシミュレーションが指数的に重くなる。

2026年5月、USTC(中国科学技術大学)の Lu と Pan らは、この GBS を大規模に実装した結果を Nature に発表した。Jiuzhang 4.0 と名付けられたフォトニック量子プロセッサは、1,024 個のスクイーズド光源を 8,176 モードのハイブリッド時空間符号化回路に通し、最大 3,050 光子の同時検出に成功した。光源効率は 92%、検出器には 93% 効率の超伝導ナノワイヤ単光子検出器(SNSPD)を使い、系全体の効率は 51% と報告されている。

回路の設計が面白い。3 段の 16 モード干渉計をファイバー遅延ループで接続することで、物理的なハードウェア量を線形増加に抑えながら 163=409616^3 = 4096 モードの光路結合を実現している。空間と時間の両方の自由度を使う「ハイブリッド符号化」という考え方だ。

スケール感で言えば、前世代の Jiuzhang 3.0 の最大検出光子数が 255 個だったのに対し、今回の 3,050 個は 10 倍以上だ。「同等のサンプルを古典スパコンで生成すると 16 億年かかる」という量子優位性の主張も出ている。

ただ、こういう主張には注意点がいくつかある。GBS はあくまで人工的に設計されたサンプリング問題で、汎用的な計算における古典超越ではない。また、出力サンプルが本当に正しい GBS 分布に従っているかを検証すること自体が難しいという問題もある。それでも、フォトニック量子コンピューティングとして 1,024 入力というスケールは、実験として純粋に面白いと思う。

中国電信量子はこのアーキテクチャをベースに天雁 P2000(Tianyan-P2000)として商用クラウドに展開しており、グラフ解析・創薬・分光計算といった用途で提供しているという。GBS とグラフ問題の相性がいいのは、グラフの隣接行列のハフニアンが部分グラフの完全マッチングの数え上げと対応しているからだ——こういった応用の方向を聞くと、少し納得感があるかもしれないな。

— ランキン

出典

一次情報(論文・公式発表)

  • Chao-Yang Lu, Jian-Wei Pan et al., “Gaussian boson sampling with 1,024 squeezed states in 8,176 modes,” Nature (2026). https://www.nature.com/articles/s41586-026-10523-6
  • “Robust quantum computational advantage with programmable 3050-photon Gaussian boson sampling,” arXiv:2508.09092

第三者報道

論文の数値は著者・研究機関の報告値。量子優位性の検証は現在進行中の研究課題であり、独立した第三者による精査が続いている。

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