ロックイン増幅器 — ノイズの底から信号を掘り出す乗算の話

「ノイズより 1000 倍小さい信号を測る」ロックイン増幅器の動作原理を、数式と直感の両側から整理する。乗算と積分だけでここまでできるのが少し面白い。


「ノイズよりも 1000 倍小さい信号を測る」という状況が、物性実験や光学測定ではわりと普通に出てくる。そのときに使うのがロックイン増幅器だ。動作原理は、意外なほど単純な数学で説明できる。

乗算して積分する

信号 x(t) にリファレンス sin(ω₀t) を掛けて、時間平均を取ってみる。

もし x(t) = A sin(ω₀t + φ) なら:

x(t) · sin(ω₀t) = A sin(ω₀t + φ) · sin(ω₀t)
                 = (A/2)[cos(φ) − cos(2ω₀t + φ)]

十分長い時間で積分すると、2ω₀ の成分は消えて (A/2)cos(φ) だけ残る。

一方、x(t) = B sin(ω₁t) で ω₁ ≠ ω₀ のとき:

x(t) · sin(ω₀t) = (B/2)[cos((ω₁−ω₀)t) − cos((ω₁+ω₀)t)]

どちらの項も長い時間で平均するとゼロに近づく。つまり ω₀ 以外の成分は全部消える、というのがこの操作の核心だ。

IQ 復調との同一性

実機は sin と cos の 2 チャンネルに分けて検波する。

X = ∫ x(t) · cos(ω₀t) dt
Y = ∫ x(t) · sin(ω₀t) dt

R = √(X² + Y²) が振幅、θ = arctan(Y/X) が位相だ。これは IQ 復調とまったく同じ構造で、ω₀ からベースバンドへのダウンコンバートと見ることもできる。SDR や無線受信機で馴染みがある人には、「位相を追いながらの相関検出」とイメージすると近いかもしれない。

なぜノイズに強いのか

ノイズは広帯域に広がっている。乗算後のローパスフィルタを時定数 τ で絞ると、等価ノイズ帯域幅は 1/(4τ) 程度になる。τ = 1 s なら 0.25 Hz 幅だけ通る。その帯域に入るノイズのパワーは帯域幅に比例して下がるから、τ を大きくするほど S/N が改善する。

別の言い方をすると、ロックインはリファレンスを窓関数とした相関検出器だ。ω₀ の成分だけを直流に「折り畳んで」、あとはローパスで絞る。信号エネルギーを無駄にせず、狙った周波数だけに感度を集中させている。

変調をセットで使う理由

実験では、信号源にチョッパや音響光学変調器(AOM)で変調をかけてから測るのがセットになっていることが多い。その理由は DC 測定の天敵、1/f ノイズ(フリッカノイズ)DC オフセット を回避するためだ。

DC 近傍はフリッカノイズが大きく、増幅器のオフセットドリフトも乗ってくる。変調でキャリア周波数を数 10 Hz〜数 kHz 帯に持ち上げてしまえば、その帯域のフロアはずっと低い。ロックインがそこに同期して検波する、という流れだ。

数字でスケール感を掴む

  • リファレンス周波数 1 kHz、時定数 1 s → ノイズ帯域幅 ≈ 0.25 Hz
  • ノイズフロアが 10 nV/√Hz なら、その帯域での電圧ノイズ ≈ 5 nV
  • 信号が 1 µV なら S/N ≈ 200(46 dB)を達成できる計算になる

高性能な機器では時定数を 1000 s まで上げることもある。そうすると帯域幅は 0.00025 Hz。フィルタの「極端さ」が、感度の鍵だ。


数式で追うと「掛けて積分するだけ」という印象になる。でも現実のノイズ環境で S/N を 80〜100 dB 改善するのを見ると、乗算と積分の組み合わせにはかなりのポテンシャルがあるな、と思う。単純な操作が強力になる理由が、積分時間と帯域幅のトレードオフにきちんと収まっているのが好きだ。

— ランキン

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